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1篇
1 幸いなことよ。
悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。
2 まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
3 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。
時が来ると実がなり、その葉は枯れない。
その人は、何をしても栄える。
4 悪者は、それとは違い、まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。
5 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、罪人は、正しい者のつどいに立てない。
6 まことに、主は、正しい者の道を知っておられる。
しかし、悪者の道は滅びうせる。
(詩篇1:1−6)
----------今週のみことば----------
97 どんなにか私は、あなたのみおしえを愛していることでしょう。
これが一日中、私の思いとなっています。
(詩篇119:97)
97 MEM. Oh how I love Your law! It is my meditation all the day.
-------------要約----------
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<目的>神を信じ御言葉に従う生活により神の祝福された実を結ぶ生涯を目指す。
<序> 聖書の示す人間の生き方には二通りがある。神を信じるいのちの道と
神を否定する滅びの道である。マタ7:13,14; 1節はその道は神のみ前で測られる。
詩篇第1篇は無謬の聖書が示す人間の生き方の総括的提示である。主の教えに生きる者は豊かな実を結び、神を拒否する悪い者は実を結ばず滅びの刑罰を受ける。ロマ2:5-11。
Ⅰ、1-3神の御言葉に聞き従う者の祝福された生き方。それは主の助けにより喜び、力、豊かな生涯である。<幸い>とは、この世の幸せでなく、神の視座からの祝福(義認、聖化。栄光化を含む)である。幸いは神の御言葉を信じ従う人が手にする生き方である。(ヨブの告白1:20-22)
1)幸いな人は世人の悪い生き方をしない。(三つの“ない”)世との分離。
a)悪者のはかりごとに<歩まない>b)罪人の道に<立たない>c)あざける者の<座に着かない>この世の生き方(人間中心主義、肉の欲に従う)に倣わない(2コリ6:14-18世との分離)
2) 幸いな人は主の御言葉を信じて実行する(み言葉に親しみ喜び実行する)。
a) <主の教えを喜ぶ>聖書信仰(神の誤りない御言葉:神の霊感による啓示)119:105
b) <昼夜口ずさむ> いつでも、どんな時にも、御言葉の示しに従う心からの確信をもって行動に移す(揺るがない)岩の家に建てる家(マタ7:24)朗読暗唱句大切さ、力となる。
、時に)<その葉は枯れない>絶えず主の霊的活力を注がれて生き生きと生きる。神の祝福、栄えであり単に人間的栄誉や豊かさではない。不信者も栄えることがある。詩37:7。
Ⅱ、 4-5 悪い人の生き方は罪ある人間の持つ肉の欲に支配された生活行動である1ヨハ15-17)。
1)幸いな人と異なる悪い人(不敬虔な神を無視した人)の姿1-3との比較から。<それとは違い>実のならないむなしい生き方である。富める農夫の例 ルカ12:19。
2)<それゆえ>その結果は<もみ殻>神のみ前では何の役にも立たない風に飛ばされる実のないもみがらのようだ。神の裁きに立ちえないし、正しい者の集い(仲間)神の国に入れない。神の祝福される幸いは全くない。滅びの結末となる。
Ⅲ、6 すべてを知り給う神(エル・ロイ 知られる神)の審判は公平な祝福と呪いの裁きとなる。
1)<道を知っている>2様の結末は神の全知による 初めから終わりまでを。正しい者だけでなく悪い者に対してもその思い行動のすべてを知る神。
2)<正しい者の道を知る>あらゆる必要をじかに寄り添いをもって見て知っていて助けられる。アダムとエバ(創3)知的だけでなく生きて働く知り方。
3)悪者の道は滅びる。蒔いた種は刈り取るのが神の定め。(自然も霊界も)マ7:23。
<結び>地上の生涯の終わりが来る。神の定めの時である。伝3:2,<いのちか滅びか>ロマ
2:1-11;へブル9:27,28。2節<主の教えを喜び昼も夜もその教えを思いめぐらし口ずさむ>
119:97*聖書に親しみ、朗読し、暗誦し、心に刻む生活は神の祝福の幸いをいただく。
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