礼拝           2025・2・16 

 

祈 り
賛 美  聖歌91 ああことばのかぎり(1-4)
交 読  交読文3 詩篇 第16篇
主の祈り
献 金       BGM:378
賛 美  聖歌338 いともよきものを 
賛 美  聖歌536 ガリラヤ湖のきしにて 
聖書朗読  ヨハネ21:1〜17
説 教  渋谷 敬一 師
     (白石バプテスト教会 協力牧師・教師)
 説教題『 私を愛しますか 』
主の晩餐  配餐・感謝の祈り
賛 美  聖歌578 主の愛のながうちに 
祝 祷
報 告
メモ
21章
1 この後、イエスはテベリヤの湖畔で、もう一度ご自分を弟子たちに現された。その現された次第はこうであった。
2 シモン・ペテロ、デドモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子たち、ほかにふたりの弟子がいっしょにいた。
3 シモン・ペテロが彼らに言った。「私は漁に行く。」彼らは言った。「私たちもいっしょに行きましょう。」彼らは出かけて、小舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。
4 夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。けれども弟子たちには、それがイエスであることがわからなかった。
5 イエスは彼らに言われた。「子どもたちよ。食べる物がありませんね。」彼らは答えた。「はい。ありません。」
6 イエスは彼らに言われた。「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。」そこで、彼らは網をおろした。すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった。
7 そこで、イエスの愛されたあの弟子がペテロに言った。「主です。」すると、シモン・ペテロは、主であると聞いて、裸だったので、上着をまとって、湖に飛び込んだ。
8 しかし、ほかの弟子たちは、魚の満ちたその網を引いて、小舟でやって来た。陸地から遠くなく、百メートル足らずの距離だったからである。
9 こうして彼らが陸地に上がったとき、そこに炭火とその上に載せた魚と、パンがあるのを見た。
10 イエスは彼らに言われた。「あなたがたの今とった魚を幾匹か持って来なさい。」
11 シモン・ペテロは舟に上がって、網を陸地に引き上げた。それは百五十三匹の大きな魚でいっぱいであった。それほど多かったけれども、網は破れなかった。
12 イエスは彼らに言われた。「さあ来て、朝の食事をしなさい。」弟子たちは主であることを知っていたので、だれも「あなたはどなたですか」とあえて尋ねる者はいなかった。
13 イエスは来て、パンを取り、彼らにお与えになった。また、魚も同じようにされた。
14 イエスが、死人の中からよみがえってから、弟子たちにご自分を現されたのは、すでにこれで三度目である。
15 彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」
16 イエスは再び彼に言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。」
17 イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。
(ヨハネ21:1〜17)
----------今週のみことば----------
16 キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。
(1ヨハネ3:16)
16 By this we have known the love of God, because He laid down His life for us. And we ought to lay down our lives for the brothers. 25 who was delivered because of our offenses and was raised for our justification.
-------------要約----------
     
  •   <目的> 復活の主のペテロに対する三度の愛の求めと愛による牧羊の働きの命令を学ぶ。
    <序> 空の墓、マグダラのマリヤ、ペテロ、12弟子やエマオ途上の弟子達に現れた 復活の主イエスの目撃、この事実が神の全人類を愛し救い永遠の命を与える贖いの御業の完成として信仰義認の土台となった。ヨハネ福音書の執筆目的と後書き20:30-31;21:1-23,24-25はキリストの復活信仰による救いの保証を強調している。キリストの復活と見ないで信じる信仰の祝福。20:20、21。復活の主の弟子たちへの三度目の顕現とペテロを通して主を愛することが愛の行動の源泉であることを学ぶ。
    1-8 テベリヤ湖畔に立つ復活の主イエス;大漁とペテロの行動:1-3 <私は漁に行く> 7人の弟子たちは、元の仕事に戻り漁をした。ペテロらしい行動である。生活のためか。テベリヤの湖の夜通しの漁も何も取れない朝明けのイエスの呼びかけと大漁は彼らの最初の召しの時を思い出させた。ルカ5:1-11;  4,7<食べるものがあるか>夜明けの見知らぬ人の声を聴き<主だ>とヨハネは復活のイエスを認知した。大漁の奇跡が起こり、7ペテロは<上着をまとって>飛び込み岸に泳いだ(100m)*ペテロとヨハネの異なる性格それぞれの賜物が生かされる。弟子たちの様々な賜物が生かされる奉仕の働きである。8<ほかの弟子たちは網を引いて>岸に着いた>人をとる漁師たちの宣教の祝福の開かれた未来の前味である。9-14 朝食を準備された主イエス。<三度目の現れ>は著者の視点からの三度目で12弟子に現れた回数である。実際はもっと多かった。弟子たちのためにイエスは朝食を備えられた。4千人、5千人を給食したイエスが弟子たちの必要に答えられた(パンと魚で)。主の復活体は共に食することで肉体を持つ、幽霊ではない。復活の主と共に会食する弟子たちは主との交わりにより力をいただいた。(会食の祝福)トマスもいた。弟子たちは、主は153匹の大魚の大漁をもって助けられる全能の主、朝食を備えて必要に答えられる愛の主、<網は破れない>宣教の働きと収穫は、失われることのないキリスト信仰の命の確かさを保証する。復活の主は、弟子たちの生活の必要を備え、充分に満たされる。キリストに頼り従う者は必ず祝福される。 15-17 愛の赦しと愛の応答による牧羊の任命(使命)を見る。三度の主からの愛の要求は三度の愛の赦しを意味し、ペテロの失敗の苦悩からの解放となった。ルカ7:47。なぜ三度か。ペテロの三度の否定の失敗の悔いの辛い心が癒されるためであった。ペテロの主に対する愛の応答<愛しています><あなたは知っています>神を愛する心が愛の行動の力となる。キリストに従う動機は主を愛することにある。Ⅰヨハ4:19-21; 3:16。2コリ5:14-15 主は三度の牧羊の命令をした。15,16,17<私の羊><私の小羊>大牧者イエスの所有するあらゆる羊を飼えと。<私の羊>大牧者イエスの所有する羊たち、全世界のキリスト信者達である。(牧会者の責任:1ペテ5:1-4:ヘブ13:17)雇人ではない。10:12。
    <結び> 赦された者の愛の応答としての行動ガラ2:20,愛の証しは命令を実行することヨハ14:15,23; 1コリ13:1-8。<私を愛しますか>キリストを愛さないでは、羊を飼うことはできない。弟子の愛の動機が試される。Ⅰヨハ3:16 。 「あなたは私を愛しますか?」
     

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hana


【報告・連絡】:
    *本日の礼拝説教は、渋谷敬一師が奉仕してくださいます。





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