礼拝           2024・6・16 

 
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聖書朗読ヨハネ7:37−53 
説教渋谷敬一師
説教題『 生ける水を飲みなさい 』(白石バプテスト教会協力牧師・教師)
メモ
7章
37 さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。
38 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」
39 これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。
40 このことばを聞いて、群衆のうちのある者は、「あの方は、確かにあの預言者なのだ」と言い、
41 またある者は、「この方はキリストだ」と言った。またある者は言った。「まさか、キリストはガリラヤからは出ないだろう。
42 キリストはダビデの子孫から、またダビデがいたベツレヘムの村から出る、と聖書が言っているではないか。」
43 そこで、群衆の間にイエスのことで分裂が起こった。
44 その中にはイエスを捕らえたいと思った者もいたが、イエスに手をかけた者はなかった。
45 それから役人たちは祭司長、パリサイ人たちのもとに帰って来た。彼らは役人たちに言った。「なぜあの人を連れて来なかったのか。」
46 役人たちは答えた。「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。」
47 すると、パリサイ人が答えた。「おまえたちも惑わされているのか。
48 議員とかパリサイ人のうちで、だれかイエスを信じた者があったか。
49 だが、律法を知らないこの群衆は、のろわれている。」
50 彼らのうちのひとりで、イエスのもとに来たことのあるニコデモが彼らに言った。
51 「私たちの律法では、まずその人から直接聞き、その人が何をしているのか知ったうえでなければ、判決を下さないのではないか。」
52 彼らは答えて言った。「あなたもガリラヤの出身なのか。調べてみなさい。ガリラヤから預言者は起こらない。」
53 *〔そして人々はそれぞれ家に帰った。

(ヨハネ7:14−36)

----------今週のみことば----------
37 さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。 38 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」
(  ヨハネ7:37、38 )
37 And in the last day of the great feast, Jesus stood and cried out, saying, If anyone thirsts, let him come to Me and drink. 38 He who believes on Me, as the Scripture has said, "Out of his belly shall flow rivers of living water."
-------------要約----------
     
  • <目的>命の水であるイエスキリストを信じて霊的枯渇を癒され活力ある証をする。
    37<祭りの終わりの大いなる日>仮庵の祭りの8日目の最終日。祭壇の水注ぎのない安息日の時に、イエスは生ける水を飲めと公然と大声で叫ばれた。生ける水を飲むとは渇くことのないいのちの水、イエスを信じて救われ魂の奥底から出る命の活力をもって周囲の渇きをいやす働きをせよとの招きである。それはイエスを信じるすべての人に与えられる内住の御霊の約束である。39この約束の御霊はイエスの栄光即ち十字架の贖いの死と復活と昇天着座の勝利の後に注がれると著者は解説する。イエスは何度も約束の御霊について語っていた14:16,16:13-16。御霊はイエスの御霊であり信じる者に生きて内住するいのちの水でありその生きる力は川となって流れ人々の渇きを潤す38。この水は聖書の預言の成就である。イザ12:3:44:3。<この言葉を聞いて>40-52群衆の様々な反応、ユダヤ人指導者たちの対応が記される。イエスは予言者、キリストと考える者、メシヤはガリラヤから出ないと否定するもの、律法主義者パリサイ人や議員祭司長、指導者達の無知な傲慢な軽蔑的態度をもってイエスを捕らえようとするがイエスの時でないため果たせなかった。議員ニコデモだけが(3章)イエスを弁護する50,51。*ユダヤ人指導者たちの律法解釈の優先と無知と偏見が露にされた不信仰と群衆の中には信じる者もいた31,41。生まれながらの人は律法があっても罪のゆえにイエスをキリストと認めない。認める力がない。律法主義に生きる自力の信仰は人を救わない1コリ2:14。
    <結び>37,38<誰でも渇いている人は>魂の枯渇に目覚めよ。御霊による新生信者は罪の自覚と悔い改めと信仰により御霊の内住と力によりいのちの水の流れとなって人々に祝福を注ぐ者となる。万人に対する主のみこころである。
     

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賛美聖歌196 たえなるいのちの 
祝祷
報告

hana


【報告・連絡】:
    *本日の礼拝説教は、渋谷敬一師が奉仕してくださいます。






 私たちは私たちの信仰を次のように告白します。

《主の祈り》
天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。
御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。
私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください。私たちの負い目をお赦しください。
私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦しました。
私たちを試みに合わせないで、悪からお救いください。
国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン
 
 

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