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1章
1 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
2 この方は、初めに神とともにおられた。
3 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
4 この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
5 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。
(ヨハネ1:1-5)
----------今週のみことば----------
1 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
( ヨハネ1:1 )
1 In the beginning was the Word, and the Word was with God, and the Word was God.
-------------要約----------
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ヨハネの福音書はキリスト誕生を記録する他の福音書に比べて独特な記録です。1-5
イエスキリストは“ことば”と呼ばれ、その先在性、全能性、いのちの本源性、そして真理性を持つ神格を持つ神そのものであることが宣言されています。“ことば”ロゴス(ダバル)は、単なる音声でなく伝達する概念を持つ言語であり、恵みとまことに満ちた神を啓示する生きて働く神のことばです。神のことばは神の業そのものであり、人となったイエスの教えと御業は神の生きて働くことばそのものです。創世1:2(光あれー光ができた)
1:1-18の序文の中で1-5ではことばなるイエスの深淵な神格と働きが述べられています。 1―2節はことばの身元証明が語られます。それは永遠の先在性と神格〈神の本性〉です。
<初めに、ことばがあった>初めは物事のはじめを示すがここでは<あった>エーンは前からあり続けた、過去からの継続を表しています。時間的はじめはない初めです。つまりことばなるキリストは永遠の先から存在したことば(ロゴス)です。<ことばは神と共にあった>の<ともに>は対面しての意味があるので共存対等1対1でのような意味がありことばと神は区別された人格としてあったのです。<ことばは神であった><神>セオスであった。原語の文法的意味からすると、この神セオスは<ことばは神と共に>の神ホ・セオスの持つすべての神の本性属性を持っている神セオスであると述べています。2節はその事実である事の強調です。ことばロゴスは永遠の先から神と共にいます真の神であるであります。神学的にはイエスキリストは三一体の神第二位格の神と言われます。3節、天地万物はことばなる神によって創造されました。<造られた>エゲネトは無からの創造の意味です。はじめて存在するようになったのです。創1:1天地万物はその微小なものに至るまでロゴスを通しての存在です。即ちことばなるイエスキリストは万物の創造者であり万物存在の本源であると述べています。4節 ことばはいのちと光の源泉である:ことばは<いのち>と<光>を所有し恵みによりいのちを付与されます。<この方にいのちがあった>ゾーエ生ける力を持つ。ことばの持つ命はあらゆる活動の原動力であり言葉は永遠の命の根源者です。天地万物あらゆる生物、動物人間に至る被造物の命、霊的生命はいのちの本源者ことばなるイエスキリストから与えられるのです。4,b<いのちは人の光であった>人を生かすものはいのちの光である。あらゆる暗黒を照らし喜び平和感謝幸せ希望を与える明るい光こそが生きるあかしです。イエス様はいのちの光です。5節 光は暗黒を照らし、暴き出し、分離させ、救い出し、絶望から希望に生きる者に変える力である。イエスキリストは光そのものとしてこの世に輝き続けます。暗闇の力は<打ち勝つ事が出来ない>決して消し去ることができない世界の光である。キリスト教会は世界の光です。マタ5:14,16
<結び>ベツレヘムの馬小屋で誕生した神の独り子イエスキリストは主なる神であり全世界の救主です。20:31。
イエスキリストの聖い人格、その教え、その御業、十字架の死に復活された主は永遠の初
めの先からいます真の神ロゴスです。ヨハネ1:1。3:16主の愛を受け信じましょう。
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