礼拝           2023・5・7

 
祈り
賛美聖歌89 たたえまつれ
爻読31 詩篇100篇 
主の祈り(下欄掲載)
献金
賛美聖歌521 キリストにはかえられません
賛美聖歌641 わがつみのために
聖書朗読1サムエル31:1-13
説教渋谷敬一師
説教題『 勇者死す 』(元 仙台バプテスト聖書神学校校長)
メモ
31章
1 ペリシテ人はイスラエルと戦った。そのとき、イスラエルの人々はペリシテ人の前から逃げ、ギルボア山で刺し殺されて倒れた。
2 ペリシテ人はサウルとその息子たちに追い迫って、サウルの息子ヨナタン、アビナダブ、マルキ・シュアを打ち殺した。
3 攻撃はサウルに集中し、射手たちが彼をねらい撃ちにしたので、彼は射手たちのためにひどい傷を負った。
4 サウルは、道具持ちに言った。「おまえの剣を抜いて、それで私を刺し殺してくれ。あの割礼を受けていない者どもがやって来て、私を刺し殺し、私をなぶり者にするといけないから。」しかし、道具持ちは、非常に恐れて、とてもその気になれなかった。そこで、サウルは剣を取り、その上にうつぶせに倒れた。
5 道具持ちも、サウルの死んだのを見届けると、自分の剣の上にうつぶせに倒れて、サウルのそばで死んだ。
6 こうしてその日、サウルと彼の三人の息子、道具持ち、それにサウルの部下たちはみな、共に死んだ。
7 谷の向こう側とヨルダン川の向こう側にいたイスラエルの人々は、イスラエルの兵士たちが逃げ、サウルとその息子たちが死んだのを見て、町々を捨てて逃げ去った。それでペリシテ人がやって来て、そこに住んだ。
8 翌日、ペリシテ人がその殺した者たちからはぎ取ろうとしてやって来たとき、サウルとその三人の息子がギルボア山で倒れているのを見つけた。
9 彼らはサウルの首を切り、その武具をはぎ取った。そして、ペリシテ人の地にあまねく人を送って、彼らの偶像の宮と民とに告げ知らせた。
10 彼らはサウルの武具をアシュタロテの宮に奉納し、彼の死体をベテ・シャンの城壁にさらした。
11 ヤベシュ・ギルアデの住民が、ペリシテ人のサウルに対するしうちを聞いたとき、
12 勇士たちはみな、立ち上がり、夜通し歩いて行って、サウルの死体と、その息子たちの死体とをベテ・シャンの城壁から取りはずし、これをヤベシュに運んで、そこで焼いた。
13 それから、その骨を取って、ヤベシュにある柳の木の下に葬り、七日間、断食した。

(1サムエル31:1-13)

----------今週のみことば----------
27 そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、
28 キリストも、多くの人の罪を負うために一度、ご自身をささげられましたが、二度目は、罪を負うためではなく、彼を待ち望んでいる人々の救いのために来られるのです。
(へブル9:27,28)
27 And as it is appointed to men once to die, but after this the judgment,
28 so Christ was once offered to bear the sins of many. And to those who look for Him He shall appear the second time without sin to salvation.
-------------要約----------
     
  • <目的>サウルの死を通して死を担う人間の生きる意味を考える。神に会う備えせよ。
    <序> サウル王の戦死に至るまでのペリシテとイスラエルとの全面戦争は北方イズレエルの谷(ハルマゲドンの戦場)で行われた。
    ダビデは参戦せず、サウル軍はギルボア山に追い込まれ、サウルとその息子たち、近臣者たちは戦死する。イスラエルは集落を捨てて四散した。1-7.サウル王家の滅亡である。信仰深いヨナタンも死んだ。サウルの頑迷不信仰の結果である。サムエルとエンドルの霊媒の預言の通りサウルは捨てられた。父の罪は三、四代に及ぶ結果である。4、サウルの自害は負傷の激しさとサウルの敵に恥じない自尊心、勇者としての最後を飾りたい誇り高い自我を見る。心底から悔改め、神に叫ぶことはなかった。(1歴10:13,14)。8-10サウル王の首は切られ、死体はペリシテの町ベテシャンの城壁につるされ人目にさらされ、武具はペリシテの偶像神アシタロテの宮ダゴン神殿に奉納され勝利の記念とされた。ぺリシテ人の残酷さとサウルの死体に及ぶ恥と無残さ見る。9,10。不信仰の悔改めのないサウルに対する神の正義の裁き、預言の成就であった15:19,26。11-13 ヤベシ・ギルアデの住民は、サウル王の死と死体がさらし者になっている事を聞いて、危険を顧みず夜通しかけてサウルと息子たちの死体を取り下げてベテシャンに運んだ。彼らは、サウルによってアモン人の圧政から救出された事の恩を忘れず、遺体を焼いて葬り、7日間の断食をしてその死を悼んだ。悲惨な最後、イスラエルから見放された孤高のサウルは、初代の王として、イスラエルの侵略者と戦い続けた勇者サウル王であった。2サム1:23-27。忘恩とならず、世人の功績を認め、讃える事もまた主のみこころである。ピリ4:8.2)
    <結び> 歴代誌の結論 1歴10:13-14人間の死に方は様々である。問題はいのちの主なる神の評価の如何にある。サウルから学ぶ死の意味するもの;いかに生きるかが問われる。世間の評価のため、自尊心のため、自ら恥じないため等の肉的自己主義のためでなく 神の喜ばれる、神のすべての栄光誉を唯一の主イエスキリストに帰するために生きる者となる。1コリ6:20;10:31;ロマ11:36;誇るものは神に1コリ1:26-31しばしば躓き、罪を犯し、弱き罪人に過ぎない者達、ただ神の恵みにより日々に悔改めて祈り、叫び、信仰に生きることである。
     

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賛美聖歌384 すべての恵みの
祝祷
報告

hana


【報告・連絡】:
    *本日の礼拝説教は、渋谷敬一師が奉仕してくださいます。






 私たちは私たちの信仰を次のように告白します。

《主の祈り》
天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。
御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。
私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください。私たちの負い目をお赦しください。
私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦しました。
私たちを試みに合わせないで、悪からお救いください。
国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン
 
 

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